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▼イザベラ・バードの通った道(山形県川西町編)その21

イザベラ・バードの通った道(山形県川西町編)その21/
今日で2019年1月も最終日!はやいものです、昨年"川西町主催のバードが歩いた桃源郷を歩く"に参加したのが7月14日140年前とおなじ日、ようやく川西町編の終わり川西町洲島の舫い石のあるところの投稿になります、ここは昔、最上川を渡る渡し船のあった場所、大きな板碑が転用され、船をつなぐ舫い綱を通す穴ががあいてます、そもそも板碑は、鎌倉から室町時代にかけて建てられた供養塔ですが戦国期以降急激に廃れ、廃棄されたり他の用途に転用されているものです、この場所の対岸は、高畠町になり、写真には千代田クリーンセンターが見えます、その近くには伊達家の墓に板碑など残っています、この板碑も、元は何処にあったのか気になりますけどね、かなり大型の板碑です、小学校から付き合いのある幼なじみは、置賜の板碑分布は全て調べ尽くしているようだから聞いてみようと思います。ハードの通った道、置賜散策は、これで飯豊町と川西町が終了し、小国町一部に高畠町、南陽市が残ります、このペースだとあと2年くらいかかりそうです。

2019/01/31 06:30 (C) Atelier Li-no
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