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▼東大塚は羽山神社の獅子頭2

東大塚は羽山神社の獅子頭2/
羽山神社の拝殿で一枚の獅子頭の写真を見つけた。

現在三頭の獅子頭が所蔵されているが、写真を見ると神殿前に鎮座して神社の獅子頭という事が分かる。

恐らく神社総代が預かっているのだろうと、心当たりを調べてもらうと所在が分かった。





9月9日の午後、早速案内してもらい、門の目の寒河江家にお邪魔した。

お話を聞くと、50年前河川工事で羽山神社と寒河江家が町田地区からそれぞれの場所に解体し移築したのだ

という。

獅子頭を拝見に奥の間に入ると、本格的な神具が置かれてあり、右手の上段の棚には、複数の仏像が置かれ

神仏混合の神社の様相であった。

そして、そもそも寒河江家は上杉の家臣で、移住の際、羽山神社や他に諸々の神社をこの地に移したという

家で、何代か前は神社の宮司だったのだ。

仏壇を見ると神道の仏壇にあたる「祖霊社(それいしゃ)」という様式で、位牌にあたる「霊璽(れいじ)」

が並んでいた。そう言えば、小松の新山神社の総代や、飯豊黒沢の竹田家も祖霊舎の形だった事を思い出した。









赤い獅子頭は、やはり写真にあった獅子頭で、破損して塗り替えられ記名も無いが何処かで見た作風で

現在分析中だ。候補は幾つか上がっている。


鼻と唇の形が、飯豊添川の熊野神社の獅子頭と似ていると閃いた。こちらも作者不明・・。






類似している獅子として吉田の洲の島八幡の獅子頭だが、作者は不詳である。







神棚の仏像群に、只ならぬものを発散させている・・・煤けて真っ黒の厨子の像は御神体級の貫禄と

古さを醸している。

当主の方の顔色を見ながら、写真を撮影させて貰った。

大事な信仰の核心的存在なので大切に接しなければならない。





下の壁に「以上 我が家の鎮守様」というメモ書きに複数の神社が書かれていた。

羽山神社 産土の大神(十二神)不動尊 (我家最古)天満神社 蛇明神 文殊菩薩 虚空蔵菩薩 水天宮

庚申塔 巴待塔(みまちとう) ・・・である。


蛇明神というのが気になった。羽山神社には白い大蛇伝説があるというのを聞いていたので、この蛇明神が

話の根幹なのだろう。

秘仏と書かれた木箱を見つけた。箱の表面に江戸期の筆跡が見えるが、私の実力では殆ど読めない。

墨書の最後に 「 大工 梨郷 飄右衛門 」・・だろうか。

これはどうやら小松の詳しいオジサンにご登場願わなければならない様だ。







その他に越中富山の薬箱には十数枚の木版や判子があった。

この他に歳の暮れに配る、西宮戎(にしのみやえびす)大国のお札の木版等もあり現在も行なっているのだ

という。西宮戎(兵庫県西宮市)のお札と言えば長井の総宮神社と同じで、以前は御師(特定の寺社に帰属し

て祈祷や参拝、宿泊の世話をする下級の神職)が関わっていた。














さて、瓢箪から駒・・棚から牡丹餅の寒河江家の取材だったが、このままでは終わらなかった。

大塚村史にこの門の目の須貝庄右衛門の獅子頭の話を見つけていて、庄右衛門家に獅子頭拝見願いの連絡を

取っていたのだが叶わなかった。見知らぬ者からの電話は確かに怪しい。

先程の寒河江家でも、以前は骨董商が訪問し数々の民具を取引されたらしい。

案内して戴いた方の計らいで、この後獅子頭飛び込み取材が敢行された。

2018/09/10 08:19 (C) 獅子宿燻亭7
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