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▼農民講談師


「農民講談師」

しばらく前のこと、携帯電話をみたら「03-0000-0000」の着信暦があった。
「先ほどお電話いただきました菅野と申します。ご用件はなんだったのでしょうか?」
「あのう、失礼ですがどちらの菅野さまでしょうか?」
電話の相手は受付係のような感じだ。そうか、向こう様は会社なんだ。
「山形県の百姓です。30分ぐらい前にお電話いただいたようですが・・・。」
「そうですか。それではしばらくお待ち下さい。こちらでお調べいたします。」
「ありがとうございます。ちなみにそちら様はどのような会社なのでしょうか?」
「はい、『東京○△』ともうしまして芸能プロダクションです。それではお待ち下さい。」

なに!芸能プロダクション?
そのような職種に友人はいない。ということは・・・会社の業務としてわざわざ電話をくれたということか。
だとすると・・・もしかしたら・・・おれに?そうか。時代はついにここまで来たか。やって来たのか。

「青年達よ。無くなったって誰も困らない虚飾の文化(仕事)の中で、貴重な人生をこれ以上浪費するのはやめよう。自分を擦り減らすのはやめよう。田園まさに荒れなんとす。日本を土といのちから問いなおそう。築きなおそう。農業と農村は君達を待っている。」

 プロダクションに興行実務を依頼しながら、俺は百姓として、百姓のままで、広く全国にこんなメッセージを飛ばし続ける・・・うん、いいかもしれない。

 今だから言うけれど、今は亡き作家の井上ひさしさんは誰よりも農業の大切さを知っていた方だったが、かつて彼が主催する「生活者大学校」で3度ほど講師を務めたことがあった。何回目かの時か、井上さんは私にこう話された。

「菅野さん、あなたの話は一つの芸になっているよ。さらに磨いて農民講談師となり、農の大切さを訴えながら、全国を話してまわったらどうだろうか?」、「え、こうだんし?」「うん、玉川ナニガシとか、一龍齋ナントカとかの、あの講談師だよ。いけると思うよ。」
大作家の井上さんから直にいただいたご助言。かなり、グラッときましたよ。

 実際、今までもいくつかのラジオに出て、久米ひろしさんや伊奈かっぺいさんなどと「土、いのち、農、」の話をする機会があったのだけれど、局の人に言わせればけっこう評判は良かったという話だ。自分で言うのも変だけれどナ。
 まあ、他にも、そんなこんなで、さまざまな手ごたえを感じてきたのだけれど、まさか、大きな波がこのような形でやってこようとは・・・。農民講談師・・本気で考えてみようかな。

 絶滅危惧種になりかけている農民、崩壊目前に追い込まれた農村。これによって日本農業のみならず日本そのもの崩壊が近づいているのかもしれない。こんな時だから、ここはひとつ、覚悟を決め、これからの人生を講談師にかけてみようか!まだ時間はある。

「あのう、菅野さま。ただいま調べましたが社員の中には該当者はいませんでした。申し訳ございません。間違い電話だったかと思います。」
「えっ、間違い電話ですか?」
「はい、菅野様は当社のオーデションをお受けになりましたか?」
「オーデション?いいえ、なにも特技はありませんので。」
「それではやはり間違い電話だったと思います。大変ご迷惑をお掛けしました。」
「えっ、あ、えっ、そ、そうですか・・」

後日、この出来事を村の百姓仲間たちに話したら、さんざんからかわれ、酒席を大いに陽気にさせて終わったよ。せっかく農民講談師、覚悟を固めつつあったのに・・。

だけどな、ま、こんな笑える話はわきに置くとして・・だ。いよいよ農業は来るところまで来てしまっている。この現実は笑えない。

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