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▼上杉砲術隊

上杉砲術隊/
9月23日.『なせばなる秋祭り』で上杉砲術隊の砲術演舞の披露があった。棒杭市に参加しているから、搬入してからブラブラして、今年も見学です。昨年は、その砲術隊を人形で作ってみた、今年も、参考に話しを聞いたりしている。その鉄砲を製造したと伝わる白布温泉には、その鋳造跡の碑が建つ。演舞に使われているのは、そこで作られたものと伺いました。兼続の整備した鉄砲が威力を発揮したのは、慶長 19 年(1614)の大坂冬の陣のことだから409年もたったわけですね〜、その後も幕末に至るまで米沢藩の藩士たちは鉄砲訓練に励み、正月に藩主の前で披露する鉄砲上覧は藩士にとって重要な晴れ舞台で あったと言われてます、じつにいろんな人が手に持ってたわけですね〜、考え深いっす、藩の主流砲術となったのは種子島流と稲富流であったといい、 幕末まで伝承されている。明治維新後には鉄砲訓練も次第に途絶えたが、明治 38 年(1905)の旅順陥落祝勝 会での甲冑行列と川中島模擬戦において砲術披露が行われたことをきっかけに、旧藩 士を中心に米沢藩の砲術を伝承する会が結成され以後、上杉神社例大 祭などで発砲演武が行われるようになり、大正 14 年から継続。その後、第二次大戦での一時中断を挟み、昭和 30 年(1955)に米沢尚武要鑑会昭和 36 年(1961)に上杉藩火縄筒保存会稲富流砲術隊となり、秋田国体 をはじめ、東京オリンピック・札幌オリンピックなど本格的に全国各地で発砲演武を 披露することになる。昭和 43 年(1968)12 月には同じく尚武要鑑会の系譜を引く上 杉砲術隊が新たに発足し、2 隊の砲術隊が米沢において活動することになった。昭和 54 年(1979)、上杉藩火縄筒保存会稲富流砲術隊は米沢藩古式砲術保存会と改称し、 現在に至っている。 米沢藩古式砲術保存会は、毎年 5 月 3 日の米沢上杉まつり川中島合戦で披露してる
2023/09/29 05:45 (C) Atelier Li-no2
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