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▼水源を訪ねる

水源を訪ねる/
 地域を流れる源を訪ねてみました。
木地山ダムです。
管野ダム建設中の1953年8月18日、流域を集中豪雨が襲い置賜野川はダムの洪水調節の限界を超える洪水を記録。管野ダムだけでは洪水調節の万全性に不安が生じた。また、野川流域の山麓地域における農地開墾が進み、こうした状況下で農地面積の拡大が推移すると管野ダムでの農業用水補給では農地全体の3分の2しか賄えず、「野川総合開発事業」の当初目的達成が困難となる事が明らかになった。この為管野ダムの他にもう一つ置賜野川にダムを建設し本来の目的を達成しようとした。

こうして1958年(昭和33年)より管野ダム上流に計画されたのが木地山ダム(きぢやま−)である。総貯水容量が8,200,000トンと管野ダムの倍の容量を有する補助多目的ダムとして計画され、1961年(昭和36年)に完成した。高さは46.0mで型式は当時盛んに建設されていた中空重力式コンクリートダムである。目的は1953年8月豪雨規模の洪水に対応可能な洪水調節、管野ダムでカバーできない既得農地に対する慣行水利権分の農業用水補給を行う不特定利水、そして野川第二発電所(認可出力:11,000kW)による水力発電である。

この木地山ダム完成によって「野川総合開発事業」の当初目的である治水と1,525haの農地への農業用水補給が可能となり、流域住民の悲願が実現した。木地山ダムの補償問題に関しても長井市・長井市議会の全面的な協力の下交渉に当たっている。管野ダム・木地山ダムは以降山形県野川水系ダム管理事務所による統合管理が行われ、合理的な運用が行われている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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